[読書感想文]山本文緒 なぎさ を読んで思う、大人が抱えている孤独

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なぎさ

山本文緒さんの小説、なぎさ を読みました。山本文緒さんの本は「恋愛中毒」でハマって、それなりに読んでいましたが、 なぎさ は今まで読んでいた恋愛小説とは一味違った内容でした。男と女のあれこれにまつわる話だけじゃなく、それぞれの登場人物が抱える悩みや孤独、大人として生きる社会の生き辛さのようなものを見せてもらったような気がしました。

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山本文緒 なぎさ について

あらすじ

家事だけが取り柄の主婦、冬乃と、会社員の佐々井。同窓生夫婦二人は故郷長野を飛び出し、久里浜で静かに暮らしていた。佐々井は毎日妻の作る弁当を食べながら、出社せず釣り三昧。佐々井と行動を共にする会社の後輩の川崎は、自分たちの勤め先がブラック企業だと気づいていた。元芸人志望、何をやっても中途半端な川崎は、恋人以外の女性とも関係を持ち、自堕落に日々を過ごしている。夫と川崎に黙々と弁当を作っていた冬乃だったが、転がり込んできた元漫画家の妹、菫に誘われ、「なぎさカフェ」を始めることになる。姉妹が開店準備に忙殺されるうち、佐々井と川崎の身にはそれぞれ大変なことが起こっていた―。苦難を乗り越え生きることの希望を描く、著者15年ぶりの長編小説!
出典:Googlebooks

2013年前に発売された長編小説です。なんと長編小説は15年ぶりなんだとか!
あの「恋愛中毒」から15年も経つんですね…。

山本文緒 なぎさ の感想

家事が得意な主婦・冬乃の孤独

両親にお金を要求され束縛される生活に疑問を持ち、逃げるように佐々井と結婚し故郷長野を飛び出した冬乃。周囲に溶け込めず仕事もうまくいかず、夫の収入だけでは生活が厳しいことが分かっていながら、なかなか就職活動に本腰を入れられずにいます。

どこで何をして働けばいいのか。

うまくやっていけるのか。

仕事のことを考えると、空気が薄くなるような感じがした。

過労で倒れてしまったり、人間関係で悩み辞めてしまった過去から、働くことへの恐怖を抱えている様子は、学校へ行きたくないと泣く子供のようでもあり、大人になったからといって、社会生活がちゃんと送れる人ばっかりじゃないんだという当たり前のことを思い知らされます。

みんな働いてる、働かないと食べてはいけない、でも次の職場も続かなかったら?また倒れたら?

挫折したことのある人なら誰もが不安になること。そして、人には簡単には相談できない類の重い悩みでもあります。心の奥の柔らかい部分を見せられたようで、とても胸が痛くなりました。

誰も助けてはくれない。

誰も私を必要としていない。

こんなところにいたら、誰にも見つけてはもらえない。

夫にさえ打ち明けられない冬乃の不安な気持ち。この孤独はきっと夫婦であっても埋められないのだと絶望を感じました。
仕事を探すのって、すごくパーソナルなことだと思います。時間・給料・職種・雰囲気、人によって重視することは違うし、他の人にできることが自分にもできるとは限らない。

そして、当然ですが、どんなに仲の良い家族がいても、職場には一人で立ち向かうしかないという現実。

家庭環境が特殊で両親からの愛情を感じられなかった冬乃は、きっと大人になってからも自身のアイデンティティがあやふやで、他者との関係をうまく結べないのかなぁと思います。そんな冬乃にとって、家の外は孤独で苦しい場所でしかない。

親は神で、家は世界だった。

私は世界に必要とされていた。

親に搾取されることを愛情と勘違いし、そこから抜け出したはずなのに支えを失ったように感じる冬乃。
そしてそんなギリギリの危うさが美しいとすら感じられました。

ブラック企業で働く男・川崎の孤独

冬乃の夫・佐々井が働く会社の後輩である川崎は、毎日仕事もせずに釣りをしている先輩や、横暴な要求を続ける取引先の人間にも異を唱えることができず、心の中で悪態をつきながら従っています。
おかしい、明らかにおかしいと思うけど、言えない。仕事をしているとそういう場面に多々遭遇します。

ブラック企業に勤めている人に「そんな会社早く辞めればいいのに」と言うのは簡単ですが、当事者は辞めることすら言い出せない。これ、現代社会のあるあるじゃないかと思います。

洗脳されているというのか、波風を立てるくらいなら黙って従った方が楽だと思うのか。
身体を壊すまで何も言えずに従う川崎の姿は、現代の闇を映しているような気がしました。辞めて次の仕事どうしよう、と思うんですよね。そしてズルズル体と心を消費していく。

一時芸人を目指していたこともある川崎は、部屋に女性といるところに男に踏み込まれ、裸で廊下に追い出され、自身の裸をどうしても笑いにできないと感じたことで、芸人の道を諦めはじめます。

他人の古びたジャージだけを穿いて裸足でアスファルトの道を歩き、涙と鼻水を流れるままにしながら、今起きた出来事を仲間に面白おかしく語らねばと考えた。

けれどおれはどうしてもそのことを笑い話にできなかった。

はたから見たらバカバカしいことでも、本人にとっては心が折れてしまう最後の一撃だったりします。そんな出来事のことはおそらく一生忘れられないし、一生思い出しては苦しくなる。

でも人って簡単には変わらないし、変われないんですよね。自分でもよくわからないまま、川崎は同じことを繰り返しそうになる。大人になっても成長なんてしないし、うまくなんて生きられない、そんな葛藤が表現されていたように思いました。

バラバラに歩き出す大人たちの孤独

冬乃と一緒にカフェを開いた菫は、冬乃に相談もなくお店を売却し、佐々井は仕事を辞めて無職に。川崎は仕事を辞め、カフェをクビになり、冬乃もカフェが売却されるため無職になります。

それぞれが持っていた仕事を失い、バラバラになったところでストーリーはラストを迎えます。

冬乃は長い間わだかまっていた両親に会いに行き、決別宣言をして、佐々井とともに生きていくことを決め前を向きます。
川崎は昔の芸人仲間から紹介された芸能界の仕事にチャレンジしようと決意。

結局人はそれぞれの苦難や悩みを抱えて生きていかなきゃいけないのだと、それぞれの登場人物が語っているような気がしました。人生は優しくない、おとぎ話のように奇跡や幸運はそうそう起きない。それでも生きていかなくてはいけないのだ、と。

「生きていくということは、やり過ごすことだよ」

読み終わった後、この一言が印象に残りました。

不幸や悲しい出来事に立ち止まらすに、立ち向かうのでもなく、「やり過ごす」のだと。
みんな辛いんだとか、みんな頑張ってるんだ、なんていう軽い言葉ではもう立ち上がれなくなった大人たちにとって、これほど優しい言葉があるだろうかと、心が解けていくような感覚に陥りました。

おわりに

最初から最後まで明るい気持ちになることはなく、ずーんと重い空気の中、そして胸がザクザク痛みながら読み進めました。読んで心が楽になるような小説ではありません。
でも、仕事や家事に追われて、ふと虚しくなった大人の方に読んでほしい。そして心の柔らかい部分ををザクザクえぐられてほしい、そんな一冊です。

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